自分の夢を信じた先輩が胸に秘めていた「何か」とその後の人生
ひとつ年上のひと味ちがった先輩
大学卒業後に勤めた会社に、周囲とはひと味ちがった先輩がいた。
やさしく穏やかな人だけれど、「何か」を胸に秘めたような目をしていた。
私とは入社が1年違いで、年が近いうえに同じ課に所属していたので、何かとかわいがってもらった。
よく飲みに連れて行ってもらったし、公私にわたって世話になった。
地方出身の独身男性社員は、ほぼ全員が独身寮に入って、毎夜騒ぎ立てていた。
バブル前夜の東京を、わが庭のように遊んでいた。
例にもれずしっかり遊び惚けていた私なんかと違って、その先輩は「みんなと一緒」を拒んで、寮には入らず学生時代からのアパートでひとり暮らししていた。
あまり浮かれたり余計な人づきあいをしない人で、周囲は「ちょっとムズカシいヤツ」といった目で見ていたと思う。
「これ、読んでみて」
入社して3年が過ぎたころ、「これ、読んでみて」と、当時まだ珍しかったワープロ打ちの原稿を私のデスクに置いた。
それは短いエッセイだった。
そのストーリーと細かい部分の描写がおかしくて、私は大笑いしながら原稿を読んだ。
それからもちょくちょく先輩は、アパートで書いた原稿を持ってきて、「読んでみて」とデスクに広げて見せた。
また別の「何か」を求めて
それぞれの胸に秘めた「何か」
先輩が胸に秘めていた「何か」を知るよしもない私は、だいたい昼休みに届く原稿を毎回笑いながら読んだ。
入社して5年後に私は会社を辞めた。
将来のためにと、海外出張や多くの研修を経験させてもらったのに、罰あたりな男だ。
ただ、5年間のサラリーマン生活は最高に楽しい時間だった。
中学生のころから夢見た思いを捨てられずに、先輩とは別の「何か」を求めて、私は世界一周の旅に出た。
それから時は流れて、長い旅から帰った私は故郷で学習塾を始め、結婚をして子どもが生まれた。
15年ぶりの先輩の声
個人のパソコンなど、まだ普及していない時代だ。
メールもない。
先輩とは手紙のやりとりだけのつきあいになっていた。
先輩は相変わらずワープロで打った手紙を送ってきた。
私は先輩をまねて、今ならノートパソコンが2つは買える価格のワープロを買った。
先輩と最後に話してから15年がたったある夜、電話がかかってきた。
以前と変わらない落ち着いた低い声で先輩が言った。
「今度、僕の本が出るんだ」
先輩と私との違い
15年ぶりに聞いた先輩のことばが
「今度、僕の本が出るんだ」
その瞬間に、あのころ先輩がひとりで過ごしたアパートの長い時間の意味と、胸に秘めた「何か」のほんの一端を理解した気がした。
先輩はたぶん、学生時代からずっとひとつの「何か」を追って、ひとりの部屋で書き続けてきたのだ。
バブルに浮かれて遊ぶ群衆には交わらずに、長い時間をひとりで進んできた。
「何か」を思い続ける
先輩のデビュー作は、いきなり数十万部を売り、すぐに名前と顔が雑誌や新聞に登場するようになった。
テレビの夜のニュース番組を見ていて、先輩がコメンテイターで登場したときは、さすがに私も家族と一緒に小躍りして喜んだ。
その夜の晩酌はとりわけ美味いものになった。
そこまでいく人は、何が違うんだろう。
答えは明らかで、習慣が違っていた、ということ。
私たちが同じオフィスで働いた時代は、「はなきん」という言葉が生まれ、金曜日夕方のオフィスは丸ごと華やいだ空気で満ち、誰もがそわそわと夜の街に飛び出した。
そんな中で先輩は「やることあるから」と、ひとりアパートに帰っていく。
金曜日の夜は銀座で飲む、という私たち一般の人間と、将来つかみたい「何か」を胸に秘めた人。
一緒に働いた日々から30年以上がたち、こんなに違った人生を歩いている、ということが答えのすべてである(気がする)。
おすすめの「先輩の本」
本日は当ブログをお読みいただき、ありがとうございました。
大好きな先輩の本のいくつかを紹介します。
デビュー作から全部読んでいただくと私はうれしいです(笑)